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氷河期(間氷期)と地球温暖化


オッペンハイマーhttp://d.hatena.ne.jp/niming538/20071003で、人類は現生人類以外にもたくさんあって、頭脳の大きさや考古学の証拠から、みんなそれぞれ言語を持ち、そこそこの石器文化を持って世界に広がっていた。そのうち、現生人類だけが生き残る。現生人類も何度もアフリカから世界に広がろうとするのですが、そのうちの1回だけが世界に広がった。そのうち、ミトコンドリアで見る限りたった一つだけが、白人、アジア人、アメリカインディアン等そのほかの人種に変化していく。それらの原因は、氷河期やおおきな火山の噴火による地球規模の気象変化である。


というような話の流れで、地球温暖化についてはあまりコメントがないのですが、ちょこっとあるのが、現在は間氷期で、地球温暖化間氷期をちょっと延ばしているだけ、というようなことを言っている。ちょっと、ジョークっぽいのですがたぶんそういうことだと思う。


ジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」では現代人類の世界への拡散を1万3千年以降(最終氷河期以降)として、たくさんの文明が自らの過ちによって自然を破壊し、滅んでいったというようなロマンチックな感じでしたが、オッペンハイマーの「10万年」では、人類の自然破壊なんて小さいもの、地球規模の天候変化で種の進化自体が曲げられている。その中でできることは、他の生物も含め多様性の維持だけが、破滅の回避の最大の手段。


映画「デイ・アフター・トモロー」では冒頭に地球温暖化のせいで、氷河期がおとずれる。それも一瞬のうちに。という理論がベースになっていて、とてもおもしろく感じたのですが、それを思い出しました。


で、結局地球温暖化なんてどうでもよくなってしまった。


追記:地球温暖化はどうでもよくても、CO2や、熱帯雨林、人口問題、水位上昇、ゴミの問題等々は考えなければいけなくて、それは当たり前でちゃんと考えなければいけない。マスコミのように、「地球温暖化を問題として認めるか、認めないか」を善悪のリトマス試験紙みたいに使うのは、狂っていると思う。京都議定書に参加している国も、参加していない国も、あの枠組みが効果があるのかどうかについての共通認識として使っているのであって、まともな学者が地球規模の天候変化を人類がどうこうできるとは思っていないと思う。人類自身のマネージメント不足で人類が滅んでしまうのを避けたいというくらいの謙虚な姿勢が必要と思います。