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山形浩生と池田信夫の生産性論争


山形浩生池田信夫の生産性論争を読んで、いろいろ感想を持ちました。わたしは為替ディーラー崩れのシステム屋で常日頃経済論文は興味を持って読んでいる者ですが、この論争は山形浩生の勝ち。社会は国境に代表されるようにいろんな制約がありますが、大きく言えば、そのいろんな制約や社会クラスの相対的な生産性が賃金、物価、為替レート等すべてを決定していく。またそれらが相対的に生産性を支えている。

さて、そんな話を女房(翻訳家。山形浩生ファン)に話していたら、「そもそも論争の全体がおかしい。為替レートを労働単位あたり同じになるようにしてから議論すべきである。」と言われました。「えっ??? そんなことしたら後進国の通貨がベラボーに高くなって世界経済成り立たないよ! 山形も池田もそんなこと言ってないし」とか言ってみたのですが、納得しそうにないので、そこで打ち切り。

為替は需給で決まると思っている方には論理的でない話かもしれませんが、為替は実は恣意的に決めることも可能なので、女房の意見も一理あります。

その後つらつら考えているのですが、同じ労働なら同じ給料になるように為替を決めたら、たとえば中国が世界の工場なんかにはなりません。中国の生産性は低いので、必死に働いてつくり出した余剰でほんの少しの贅沢をするのが精一杯になります。先進国は高い生産性があっても売れないので、少しだけ働いてあとは遊んで消費する生活スタイルになります。女房が言いたかったのはこういうことでしょうか。